昭和54年04月24日 朝の御理解



 御理解 第99節

 「無学で人が助けられぬということはない、学問はあっても真がなければ、人は助からぬ。学問が身を食うということがある。学問があっても難儀をしておる者がある。此の方は無学でも、みなおかげを受けておる。」

 今日、御祈念中に頂きましたことでしたけれども、日露戦争の時のあの人は、元師でしょうかね、大山巌という方がおられましたですね。大山厳元師ですか、あの方がね、それこそ悠揚迫らぬ堂々たるその態度で、馬上豊かにこう馬に乗っておられる様子を頂いたんです。どういう事だろうかと私は思うておりましたら、今頂くのが九十九節です。言うならば無学でも人が助からんと言う事はない。
 今日は、久留米の初代が久留米に道を開かれて、八十五年になるのです。その記念祭が今日ございます訳ですけれども、ここでも九時半から出発を致します。お祭りは十一時らしいですけれども、九時半から参りますと向こうへは十時につく、一時間位は待たせて頂く積りがなからなきゃ、恐らくお広前に座れないだろうと思うです。折角拝ませて頂くならば、それこそ石橋先生のご信心、いうならば「ひとりでに物が出来る」ということは、こう言う事だと言う様なものを、目の辺りに見たり聞いたり。
 また頂いてきたりしたいとこう思いますから、皆さんも参りになる方は、ここからバスが出ますから、その積りでどうぞ九時半には出発致します。石橋松次郎という先生も確かに、まぁ無学に近い御方であったと言う事でございます。学問がおありになった。そりゃ私共も酒屋の番頭に行っております七年間は、毎日その櫛原の教会にお参りをさせて頂いたんですけれども、何と言うても若い。
 まぁ小僧時代ですから、先生の信心を頂くということではないけれども、やはりその見たりして来ておるだけの事ですけれども、本当にあの信心にもっともっと深いものに触れておったら、素晴らしかろうと思うんですけれどもね。もうそれこそ何と言うでしょうかね、もう石橋先生の風貌というと、何かこういつも大空を見上げておられるという感じでしたね。小さい細かい足許のことはゴチャゴチャ仰らないと言った様な、もうそれこそ素晴らしい大徳の先生でした。
 けれども、んなら学問はおありにはならなかった。結局先生のいうなら御信心の芯と言われる、信心辛抱の徳を受けられた。やはり信心しておかげが受けるのは、人の良いのと悪いのは別ものと仰るけれども、私は人が良うて素晴らしくて信心が出来たら、もう鬼に金棒だと思うですね。ね。
 でなからな本当の正しい徳は受けられないと思うです。いわゆるお徳は受けられない。石橋先生という方はそういう方であったと。だからここで無学でもと、人が助かる程しの徳が受けられるんですけれども、それに学問があって、もうそれこそ、金光大神の信心を学問的にも、縦横無尽に説かれる様な教学の先生が、そして御神徳を受けられたら素晴らしかろう。と思いますですね。私共でも思います。
 神様から色々頂くのですけれども、私にもっともっと学問があって、知識があったら、これをもっと素晴らしい表現で、皆さんに聞いて貰い、伝えさせて頂く事が出来るだろうな、と思う事がございますけれども。これはいっぺんに出来る事ではございませので、「それこそ無学でも人が助けられん事はない」というところに絞って、ただそれこそ心一つで合楽は立っておる様なものでございます。
 昨日、お月次祭の時に申し上げました。私はまだ読んでもいませんけれども、昨日は何通も教会の先生から、お手紙を頂いておるんですけれども、まだ読んどりませんが、昨日頂きました。何とか。大和の国ですね。奈良大和と申します。ありらの教会、昨日皆さんに聞いて頂いたんですけれども、とにかくもう小さい字で沢山便せんに書き綴ってございましたから、紀久男先生に、もう全部聞く時間がございませんでしたから。
 読んで要点だけ聞かせてくれと言うたら、この先生は、おかげの泉の愛読者であると同時に、最近、おかげの泉の中の一節に、こういう一節があった。「それこそ、血の涙の出る様な時であっても、それが神愛とわからせて頂けば、ね。神様にいうならば血の涙の出る様な、悲しい苦しい涙がありがた涙に、変わっていく程しのものだ」と言う事を、印刷にしてね、そしてそれを毎朝の御祈念の時に、読まれるんだそうです。
 そすとっね、これを頂いて、そのことを始めさせて頂くようになって、その日一日がです、素晴らしい一日で送らせて頂くことが出来る。と書いてあるというところだけを聞かせてもらいました。どうでしょう皆さん。日々様々な腹の立様な事やら、心配になる事やら、それこそ時には血の涙の出る様な悲しい思いをする様な事もあるけれども、それが、神様が私共に徳を受けさせよう、おかげを頂かせようと、される神様の働きであり神愛の現れだと分からせて頂いたら、ね お礼が言える。
 ここの一節を、毎朝朝の御祈念に読ませて頂くと言うのです。だから私はそれを聞かせて頂きながらね。お手紙は沢山その便箋に書いてございますから、何ですけれども、まぁ私位な無学の程度の先生であろうと思うておったんです。ところが昨日お月次祭が終わってから、あちらで聞かせて頂いたんですけれども、行本先生がその話を聞きますと、この頃から学院にそこの奥様という人は、講師で見えられる程しの立派な先生だそうです。それから先生というのは、御本部の教学研究所の所長だそうです。
 もう私はそれを聞いてから、又改めて驚いたんです。も教学者と言うてもいわゆる教学研究所の所長をしておられる。今度渕上先生がそちらで御用頂く事になりましたが、はぁ神様の働きちゃ素晴らしいなぁと、そういう言うならば学問はもう最高の学問を習った方に違いないです。金光大神の信心も、もうそれこそ縦横無尽に教学を持って研究なさった方でしょう。ね。
 その先生がです、私が話した位な、そのおかげの泉の中にあるその一節をです、ね、印刷にして、それを毎朝御祈念の時に読ませて頂くと、その日一日が本当におかげを頂くと書いてある。どういう事があっても起こっても、これが神愛の現れだ。もうそれにしぼっておられる、ね。私は無学でも人が助かる。助かるそういう学問があってです、合楽的な信心に関心をもたれて、しかも私位な者の一言を、毎日の御祈念の時に読み上げて、自分の一日の、言うならば信心の支えにされるという程しの方。
 勿論信者さん方にもそれを唱えさせ、又は聞いてもらわれておられるに違いはないです。その印刷をする位だから、皆に配られたに違いないです。自分だけならば書いただけでもよいですからね。私はそこん所だけを、昨日紀久男先生から聞かせて貰って、その先生が教学者であるということ、しかもあの教学研究所の所長をしておられる。しかもご夫婦で、奥さんは御本部の学院に講師で迎えられなさる程しの先生だということ。
 そういう中に、合楽の信心が浸透していったら、まぁそれこそ、鬼に金棒の様な。なるほど神様が中に入って広まると、教えて下さったが、もういろいろな方面から、いろいろな思いがけない人たちが、合楽の信心にいよいよ、関心をよせてきたということ。しかもそこに現に言うたら合楽理念の実験者、そして、実証者としてのおかげが頂けておられるということ。
 昨日、高松和子先生が修行に言ったところの教会は、昨日がちょうど、五十年の記念祭でした。ね。それであちらに祝電を打たせて頂いたんでしょ。和子先生、そして話を聞かせて頂いたんですけれども、それ以来和子先生があちらへ行って、合楽理念のお話をさせて頂いて聞いて貰って以来、月次祭たんびに合楽理念によってという言葉が、お祝詞の中に出てくるそうです。素晴らしいでしょう。だからねその合楽理念という、いうならば学問的に分からなければならないと言う事ではない。ね。
 ならね、まぁ天地金乃神様のいよいよ御心が分かり、そのお心に添い奉ろうとする。それはもういよいよ、こちらが信心を高めて行かなければならない、進めて行かなければならないが、いよいよ土の信心を極めて行こうという信心、それをなら教学的に様々な角度から、ね。こんなにも学問的にも間違いはないのなだ合楽理念は。と言う事になりましたらですね。いわゆる鬼に金棒、誰にでも何処にでもどういう人達の所にでも浸透して行けれる、いうなら働きが起こってくる と言う事を今日は感じました。ね。
 今日は、石橋先生の言うならば先生もまぁ無学に近い御方であったけれども、あれ程しの大徳を受けられて、今日あの様な久留米の手続きによる教会が、あれだけ沢山出来る程しのおかげを受けられた。その言うならば事実をね、私共は今日は拝ませて頂きたい。そすと片やこれはそうではない、いわゆる今の教団きっての教学者ご夫婦の方達が、合楽の信心に傾倒されつつあるということね。しかもその手紙の中に書いてあります様にね、その言うならば、合楽でたぶんお話になる。
 いうならば合楽理念の一節をです。毎日読ませて頂いておかげを受けておるというお話。本当にもう無学でも人が助かるのだから、勉強せんでいいという事はない。それに勉強ができれば、いよいよ鬼に金棒、只、その勉強のほうだけで、いうなら合楽理念に基ずいた生き方をしないならば、それこそ、ね 学が身を食うと言った様な結果にしか、ならんと私しは思うですね、合楽理念に基ずいた教学、合楽理念に基ずいた無学でも人が助かる、ということを今日は聞いて頂きました。
   どうぞ。